いまさらながら、松田優作・・・けどやっぱカッコいいね
ここ十年ほど、街を行く若者に松田優作を明らかに意識しているかどうかは知らないが、どこかしら影響の影を感じるものが増えたのに気付かされる。一種のファッションとでも言っていいかもしれない。缶コーヒーのCMに昔のフィルムが使われていましたよね。 彼がいなくなってからもう15年以上も経つのかと、時の去り行く速さに自身の高校時代を重ね懐かしむ。スマステ松田優作特集(8月19日)で観る久々の松田優作は無茶苦茶なカッコよさ。意識したスタイルの人とはまるで違う。松田優作、こんなひとだったのか、意外に感じた。私の脳裏にあるのは子供の頃観た「探偵物語」など、ちょっとB級ドラマの役者というイメージ。晩年、ハリウッドに進出してもあくまでB級からの反逆的な感じ。私がいうB級というのは粗悪ということではない、あくまで過酷な環境からたたき上げてきた強靭な魂のイメージ。いま、マスコミに流される彼のイメージは伝説となったスターである、どこかしら違和感があるのはどうしてだろう。 昔は松田優作より萩原健一(ショーケン)の方が圧倒的な人気であったのを覚えている。松田優作というとマニアックなものに関心を示しているようで、大っぴらにファンと名乗るのは恥ずかしい、そんな空気があった当時を思い出します。 彼特有の陰の臭い。光をわざと避け、顔を隠すためにサングラスを掛けている、そんな影の存在感、重みがあった。陰のヒーローが大っぴらに好かれる世、時代の変化それも軽さや空虚さを感じます。 一度息子の龍平くんが一人で街を猫背にして歩くところを見掛けたことありますが変装していても父さん譲りの口元は隠せなかったようです。奥さんの美由紀さんも時たま買い物しているのを見かけます。この近くに松田優作は住んでいたんだな。 さてどこでしょう(笑) 松田優作を考えるに私がついつい念頭に置いてしまうのが市川雷蔵。あちこちの方面からお叱りの言葉を受けそうですが私にとってはこうなので仕方ありません(笑)あしからず。どうしても動的な陰になる松田優作と静的な陰を感じさせた市川雷蔵。共に伝説のひとになっています。極北ほどの隔たりのある動と静。それが却って魂の彷徨者としての修験者とでもいいましょうか。動と静、一見対照的ではありますが私には同じような精神的な陰の臭いを感じてしまいます。ともに短い人生でしたが常に自らの殻を破り新たな局地へ行こうと命を削ったところは似ていますし、信じられないほどの密度の濃い人生です。
歳を重ねてから観るドラマ「探偵物語」は映画「三つ数えろ」「マルタの鷹」のハンフリー・ボガートや「ロング・グッバイ」のエリオット・グールド、「動く標的」のポール・ニューマンの影響をみてしまいます。けれど、松田優作の「探偵物語」の工藤は何処から見てもやはり優作。完全に消化し自分のものを作り出し、おまけにハードボイルドというジャンルに新たな局面を開いている。あまりの見事さに今更ながら驚かされます。そういう意味では何を演じても自らであったハンフリー・ボガートに似ている。ちなみにボギーも常に動的で陰の役者でありました。 それにしても強烈な感じを受けるのは今このような役者がいなくなったことを逆に悟らされること。今は役者というよりタレントになってしまったのだろうか。喜劇的であるにもかかわらず観ている側に予想もできない緊張を要求する役者なんて今はいない。逆に今の役者にないものはなんだろうかと考えてしまいました。
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